子猫養成中

曖昧な言葉から解釈して。 詳細な文章から私を知って。 たまに、毒を吐かせて。

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私は震えずにいられませんでした。
平然とはしていられませんでした。

呼吸が荒くなって
涙が零れだして
それを止めることも
止めようとすることさえもできませんでした。

ただ自分で、普通じゃない自分を
見つめることくらいしか。

生と死っていったいなんでしょう?
生きることは良いこと?
では死ぬことは悪いこと?
本当にそうですか?

大好きな人が死にたいと言ったら
私は死んで欲しくないと思うでしょう。
でもそれは私の願いではあっても
その人の願いではない。
私にとってその人が生きてることが幸せでも
その人にとっては自身の生が不幸かもしれません。

私にとっては大好きな人の生が幸せです。
だから自身の生も幸せなものだと思える。
でも、だからといって
私の生はその人の幸せになれているとは限らないのです。

生きていて欲しいと願う。
でも
「生きていて何の幸せが僕にあるの?」
と、問われたら私は答えられないでしょう。
私はもらっているだけの幸せを
返してあげることさえできないちっぽけな人間。
それが嫌で嫌で
大きくなりたいのに
何も変わってなかったね。

人の生死なんてものは
その人だけのモノだと思う。
どんなに親しい間柄でも
そこに干渉することはできない。してはいけない。
生きることが尊いのなら
それと同じだけ死ぬことにも尊さが宿るんじゃないですか?

死にたいなら死ねばいいんですよ。
私はそこに干渉する権利なんて
最初から持ち合わせていませんから。
だけどね。
死ぬことは私を裏切ることですよ。
あなたの生を幸せだと感じ
その幸せのおかげで自分の生を幸せだと思えてる人間。
あなたの生をとても大切に思ってる人間。
あなたを愛しく愛しく思ってる人間。
ここにいます。ここに確かに。
あなたがいなくなってしまったら
どうなるか、想像できますか?
それさえどうでもよくなるほどに
もう歩くことやめたいのなら
もう鼓動を止めたいのなら
おやすみなさい。おつかれさま。

でもね、私あなたに生きててほしい。
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